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はわわにっき!

はわわっ!主に漫画やアニメのことについて語るぶろぐですっ!

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他人の失敗を許さない日本人が多すぎる!もっと許し合いの精神を持つべきだ!

オピニオン オピニオン-社会

どうもネックです。

 一昨日に近鉄で事件がありました。 

僕は近鉄沿線ユーザーで、この駅にも行ったことがあったので衝撃でしたね。 割と近場でこんな事件が起こってんの!?っていう感じ。車掌がキレて線路に飛び降りとか、ダイナミックすぎ!激しいwwwと思いました。

その後記事をよく読んでみると、車掌は電車が遅れたことによって、10分以上ま多くの客からの罵倒を受けていたということを知りました。そりゃずっと罵倒を浴びせられたら、ムキーってなって発狂もするわな。

 

つまりさ、車掌を発狂させた原因は客にある訳よ。もっと客が寛容だったらこんな事件も起こらなかったんじゃない?そして、さらに思いました。日本人って人のミスに対して寛容じゃないよなって。(今回の事件はそもそも車掌のミスですらないのに、車掌は罵倒されてる)

もっと寛容になったら生きやすい世の中になるんじゃないのかなーと感じます。ということで、今日は日本人はもっと許すという心を持つべきだということを書きます。

日本人は他人のミスを許さない

 日本人って基本的に人のミスを許さない人が多いと感じます。あと、ミスを見つけたら、徹底的に叩く人が相当数いますよね。

 

例えばベッキーの不倫の事件とか、多くの人やマスコミが喜々としてベッキーを叩いてましたよね。僕としては、なぜベッキーを叩くのかよく理解できなかったんです。別に赤の他人が不倫しようと、僕の生活には一切関わってこないからどうでもいいわって感じ。つーか、なぜ自分とは関係ない芸能人のスキャンダルに対して、そこまで興味を持てるの?暇人か?と思いました。

 

他には小保方氏のSTAP細胞の件もめっちゃ叩かれてましたよね。あれ、自殺者も出ましたし。この事件に関しても、日本人の失敗した人を叩くのが大好きという腐った根性が丸見えでした。

STAP細胞が実は不完全なものだった、研究結果は正しいものではなかったと分かったときは「残念だなー。成功してたら医療が劇的に変化したかもしれないのに」とは思いましたが、小保方氏を叩こうとは思いませんでした。つーか、そもそも小保方氏の研究をちゃんと審査してなかった理研の方に問題があるとしか思えないのですが…

 

しかし世間は理研ではなく小保方氏を喜々として叩いていたのを覚えています。僕的にはそりゃ研究なんて失敗しまくるのが普通やろと思っていたので、世間とのギャップに戸惑いました。

このように、日本人は人のミスを見つけると、喜々として攻撃する人が多いということが分かります。

なぜ人の失敗を攻撃するのか? 

日本人はなぜ、人の失敗を攻撃するのでしょうか。いくつか理由を考えてみました。

日本の教育のせい

日本の教育面のせいで、失敗を許さない人が量産されているように感じます。日本の教育って、苦手を克服させようという形の教育ですよね。

 

苦手教科があれば、なんとか平均点まで上げようとさせる教育です。自分のできていない部分、苦手な部分ばかりに注目させ、それを繰り返し克服させることで「失敗はいけないことだ。苦手なものはあってはいけないんだ」と刷り込んでいるように感じます

 

こうやって、できてない部分にばかり注目するような視点を学校教育で持たせられるので、結果他人の失敗ばかりに注目してしまうのでしょう。そして、他人の失敗ばかりきになって、イライラして他人を攻撃するのです。

そりゃ、失敗を克服するのも大切ですが、得意な部分を伸ばす方がもっと大切だと僕は思いますね。

人に迷惑をかけてはいけないという教え

 「人に迷惑をかけてはいけない」って昔から言われたりしませんでした?確かに人に迷惑をかけるのはよくないことですが、日本人はどうも人に迷惑をかけることを過度に嫌う人種ですよね。

 

迷惑をかけないようにしようとばかり考えてしまうと、下手なことはできませんから、常に気を張って生きるようになります。そしてストレスが溜まってきます。迷惑をかけないようにしようということを、ずっと考えて生活してるので、少しでも相手が他人に迷惑をかけるような行動をしていたら、喜々として叩きます。

 

俺は迷惑をかけないように、こんなにも我慢してるんだ!だからお前も我慢しろ!って感じ。ようは、やった!ストレス発散できる相手を見つけた!叩いたろ!!って感じ。

なんか不健全な社会だなーと思います。

武士道を今でも引きずってる

武士は切腹をすることで、自分の責任を取っていました。その武士道精神が今でも日本人には強く根付いているのでしょう。

 

失敗=切腹つまり死を意味するのです。そりゃ簡単に失敗できねえと思いますよね。このような切腹の文化があるから、日本人は過度に失敗に対して嫌悪感を持つのでしょう。

 

人は嫌悪感を持つものに対して、拒絶反応をもったり、攻撃したりします。日本人は失敗=嫌悪感を持つものという図式が成り立つようになっているので、失敗に対して執拗に攻撃するようになったのだと思います。

失敗を非難しまくる日本に発展はない

失敗を非難し続ける、日本にもう発展はないでしょう。なぜなら、発展には失敗が必ず必要だからです。

 

失敗をした→改善できる部分を探す→実践する→結果をみてさらに改善できるところを探す

 

失敗を認めることで、このようにPDCAサイクルを回すようになり、以前よりも良い結果が生み出されます。つまり、よい結果を得るためには必ず失敗というものが必要なのです。

しかし、日本はすぐに結果を求め、失敗を認めません。失敗を認めないということは、新たな改善案を生み出す、PDCAサイクルを回すことができないということです。

 

結果、人から非難されないという基準を満たしただけの無難なものが生み出されます。

そして延々と無難なモノを生み出すだけになってしまった日本は、これ以上発展することはないでしょう。

失敗を許す社会にしていこう

 日本をよりよくするためには、人の失敗に対して寛容になることです。日本社会全体が失敗に寛容になることで、チャレンジする人が増えますし、精神を傷つけられて苦しい思いをする人も減らすことができます。

 

チャレンジする人が増えれば、新たなものが生まれる可能性が増えます。精神が病む人が減れば、うつ病で働けなくなる人も減り、労働力の確保にもなります。

いいことづくめです。

 

失敗を許せる人になるために、今の私たちにできることを考えました。

人の良い部分に注目する。

人の悪い部分ばかり見るから、人の失敗に対して過剰に反応してしまうんです。

 

だったら逆に、人のいい部分に注目するようにしたら、人の失敗とか気にならなくなるんじゃねという考えです。大多数の人には一個はいい部分があります。人に親切とか、釣りが上手いとか。

そういったその人のいい部分を注目することで、その人が失敗しても、「まあ、あいつにはこういういい部分もあるしな」と人を許すことができるようなります。

 

相手に対してその人のいい部分を口に出して教えてあげるのもいいと思います。褒められて悪い気を起こす人はまあ、いません。相手を褒めることで、「この人は自分のことを認めてくれてる」と相手から思ってもらえます。そして相手もこちらのいいところを見つけてくれるようになるでしょう。

お互いwin-winです。

人に迷惑をかけてもいいと考える。

人に迷惑をかけないようにすることばかり考えて、ギスギスした社会になってしまっているのが現状です。だったら逆に人に迷惑をかけてもいいやと、一人ひとりが考えたらいいんじゃないでようか。

 

僕は別に犯罪とか人の尊厳を大きく傷つけるようなことがなければ、迷惑をかけてもいいと考えています。というか、人は生きているだけで絶対誰かに迷惑をかけているのです。

 

例えば、大学受験でもしあなたが合格していれば、合格できなかった人はあなたに席を一つ奪われたことになります。つまりあなたは合格できなかった人に対して迷惑をかけていることになります。普段あなたは食事で肉を食べます。牛や豚からしたら、自分の命が奪われてしまうのですから、超迷惑です。

このように絶対に人間は誰かに迷惑をかけてしまうのです。

 

インドでは、「生きてるだけで必ず何かに迷惑をかけているので、迷惑をかけてもいいやと考えなさい。そして、もし自分が迷惑をかけられた場合はそれを許してやりなさい」と教えられます。日本もこのインドの教えを取り入れるべきです。そして、お互いに許し合えるような社会にしていくべきです。

最後に

どうも今の日本社会はギスギスしてんなーと感じます。もっとお互いが許し合いの精神を持つことで、楽に生きれる世の中になるんじゃないでしょうか。のゆとりっていうのは大切ですよ。ゆとりがないと常に緊張しっぱなしで、たくさんミスを起こしてしまいますし、新たな発想が生まれません。

日本を発展させるためにも、「許す社会」を作っていくことが大切だと感じました。

それでは!